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ニューヨーク公演余話 その3

 6泊したホテルは「ル・パーカーメルディアン」。カーネギー・ホールに最も近いホテルとして有名だとか。確かにホテルを出て1分で楽屋口に着くので、それはほんとうにありがたかった。
そのホテルの朝食が、忘れられない。今までどこへ行っても朝食はバイキング形式だったので、当然そう思っていたらまったく違った。


まず旅行会社のスタッフの方が、メニューの内容を全部書いたものをくださった。最初の朝、部屋を出る前それに目を通したとき、2枚あるのを勘違いして1枚目しか見なかった。「なるほど、朝から甘いものを食べるのか。」と感心(?)しながら一つ一つ見ていくと、<バナナとマカデミアナッツののったパンケーキ><温かい栗のパンケーキ><フレンチトースト、オレンジ風味のハニーシロップ添え><トルティーヤ・チップスの上にパイナップル、バナナ、苺、さらにチョコレートソース><チョコレートワッフルの中にピーナッツバターと砕いたキャンディ><フワフワのブリオッシュをくり抜いて、中にも外にもベリーたっぷりのソース><チョコレート味のパンの間に苺を挟み、チョコレートソースをかけたもの><小麦粉でできた細長い揚げパンをホットチョコレートソースにつけていただきます>・・・・・・こんな調子なのだ。あとでよく見たらそれは最初の甘いもの中心の[MOM CAN’T MAKE THIS](ママにはこれは作れない?)というコーナー。
出発前に神谷さんとの練習を一柳さんに聴いていただいた時、アメリカ通のお二人から「パンケーキとワッフルとチーズケーキがおいしい」と教えていただいたのが頭にこびりついていた。「ダイエットしてるのに、聞いただけでも太りそう」と思ったけれど、出発前は半端でなく難しい3曲の練習と、さすがの私も多少のプレッシャーで体重も落ちていた。
「もう少し栄養のあるものを食べたいけど、これがこちらの流儀なのだ」と一人合点して、<パンケーキにピーチとクルミがのったもの>を食べることにした。一度そう決めてしまうとまったく修正がきかないというところが、私の何とかしなければならない点だ。(何とかしなければならないことは他にもたくさんありますが)
1階のレストランに行くともうアンサンブル・オリジンの名手の面々がいらして、私も加えていただいた。迷わず<ピーチとクルミ>を頼んだ。一品頼むと大きなコップにおいしいオレンジジュースかグレープフルーツジュースを、どんどんついでくださる。コーヒーか紅茶は大きなポットで。それ以外に小さなカットグラスのようなコップに、特別サービスのとろりとしたバナナ味中心のミックスジュースが1杯付く。その小さなコップが部屋の歯磨き用のコップと同じなのがおかしい。
私が頼んだ<パンケーキにピーチとクルミがのったもの>が目の前に来たときは、「この先私はどうなるのか」と一瞬思った。あまりの量にたじろいでしまい、何故か演奏まで心配になるような気分だった。改めて周りを見ると、それなりに朝食らしいものを皆さん召し上がっている。そこで初めて私がメニューの最初のところしか見ていなかったことが分かった。でも食べてみると、とろとろに煮たピーチと香ばしいクルミがとても魅力的。とにかくくだものがほんとうにおいしい。あれがあの半分の量であれば安心して楽しめたのに、“食べ物は出来る限り残さない”主義の私は最初から、プレッシャーを感じてしまった。結局パンケーキは三分の一は残した。
翌日は何とか朝食らしいものをと心して検討し、<チーズ、ハム、卵、トマトサルサのそば粉クレープ>。3日目は<クラブケーキ(蟹のハンバーグ)、サラダ添え>。この日がコンサート初日で、レセプションからホテルに戻ったのが11時過ぎとなり、4日目の朝食はパス。5日目は<スモークサーモンとスクランブルエッグ>。すべて素晴らしい料理。あのスクランブルエッグはどう見ても卵5個は使ってあると思う。卵料理を頼むと必ずトーストが何種類ものジャムとバター、蜂蜜と一緒に付いてきて、それが素晴らしくおいしいけれど、とても全部食べられる量ではない。

そして最後の朝、何故か振り出しに戻って最後に思いっきり甘いものを食べようと思った。

この文をなぜ書いているかというと、あの最後に食べたCrispy Belgian Waffle=<ベルギー風ワッフル、上にフルーツと生クリーム>の感動!を書いておきゃなきゃと思うからです。

書いてある通り、山のようなワッフルの上に、真っ白にあわ立てた生クリームがワッフルが見えないぐらいかけてあり、その上に真っ赤なイチゴと紫色のブルーベリーとラズベリーがこれもたっぷり、そこにミントの葉っぱが散らしてある。そしてかわいらしいメープルシロップのびんが2本。日本人の感覚では、45人で切り分けていただくケーキの分量だ。でも初日の<ピーチとクルミ>の時のようなプレッシャーは不思議と無い。
メープルシロップをたらすとワッフルがそれを吸ってトローッとしてくる。ワッフルと生クリームのとろけるような甘さの中で、新鮮なイチゴやブルーベリーがプチップチッとはじけて、さわやかな酸味が広がる。その“甘さ”の頂点と“酸味”の頂点が私を中心に、絶妙な距離でもって二等辺三角形を造ってくれているような気がしてくる。どうみても一人で食べられる量ではない(少なくとも飽きずに食べられる量ではない)のに、甘さと酸味のバランスの良さが、その三角形のコースを疲れもせずに何回でも走れるように感じさせ、まったく新鮮さを失わずに味わえる。どこまで行っても軽やかで、食べるものを飽きさせない不思議な魅力・・・。演奏もこうでなくっちゃっと、頭をよぎる。
気がついたら完食!ナイフとフォークを置いたときは、満足感でいっぱいだった。
ダイエットはどこへやら。あの大仕事をしながら、2キロ太って帰ってきた。2キロですんでよかったのかもしれない。
未だにあの生クリームの白さとイチゴの赤が目に浮かぶ。

というわけで、これからニューヨークへいらっしゃる方は是非、ル・パーカーメルディアンホテルのレストランで、ベルギー風ワッフルを味わってみてはいかがでしょうか。ここはニューヨークでも人気のスポットだそうです。